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集団におけるトラブルは、 すべてが円満におさまっていれば、そんなトラブルが起こるはずがない。そういう発想が根底にあったからこそ、労使間で終身雇用が暗黙の合意事項となり得それから、現在の核家族を想像するとピンと来ないかもしれないが、昔のような大家族を考えればわかるとおり、そもそも家族という集団は家父長を頂点とするピラミッド型の序列を持っている。
人間と組織の属性としてすべての集団は序列化を求めるものだが、その序列化の基準は家族というゲマインシャフトの中では長幼という軸に落ちつくのも自然なことであろう。 これが経営家族主義における年功序列に相当するものだ。
さらに企業内労働組合だが、資本家や経営者と労働者はいわば親子関係になるわけだから、その利害は対立しないというのが前提である。 当然の結果として、労使協調路線を進むことになる。
欧米では職能を同一にする労働者が企業の枠を越えて横断的に産業別の労働組合を作り上げたが、日本の経営家族主義に馴染むものではなかった。 労働者としての機能的同一性よりも一生を共にする家族企業との同一性のほうが圧倒的に強いため、必然的に産業別ではなく企業別に労働組合を作ることになったのである。
こうして日本企業は社会全体の基盤であった〃家″の概念を中心とする同心円の中で自らのシステムを構築していった。 現代の日本においては社会の基盤としての〃家″の概念がすでに失われつつある。
核家族化や父権の喪失といった面から「家族の崩壊」が社会問題となり、夫婦別姓をめぐる訴訟も起きているように法律的な面からも家族制度そのものが見直されようとしているのだ。 そんな家族の崩壊と足並みをそろえるかのように、疑似的家族としての企業経営もその求心力を失いつつある。

コアにあった概念のほうが先に崩壊していっているのも皮肉な現実である。 とにかく、ゲマインシャフトである〃家″の概念によって、ゲゼルシャフトの最も典型的な集団である企業をコントロールしようとすることは、本来的に大きな無理があるのだ。
そういう意味でも、企業が発展してきたが故にその根源的な矛盾が表面化してきたのも歴史的必然として理解できるだろう。 「企業は家、社員は家族」という価値観は、江戸時代の商家における身分制度から明治以降の経営家族主義へと受け継がれてきた。
現在のようなかたちの日本的一雇用システムが現代的な形態として確立したのは戦後のことである。 たとえば年功序列にしても、戦前はいまのように厳格なシステムにはまだなっていなかった。
とくに富士製鉄や八幡製鉄、あるいは日清紡や三井三池炭鉱といった戦前の超一流企業に入社した帝大出のエリートの場合は、一年目こそ現在と同じように研修を受けていたものの、二?三年目になると一気に出世して一○○人単位の部下を持つ管理職となることが多かったのである。 いまでも、旧国鉄や官庁などはその名残をとどめている。
嘗ての国鉄は最終学歴によってキャリアパスが分かれていたし、公務員も上級職、中級職といったかたちでランク分けされている。 そういう一律的な年功の枠にはまらない一足飛びの出世コースが、戦前までは当たり前のものとして存在していたわけだ。
システムとして厳格さに欠けていたのは年功序列だけではない。 終身雇用に関しても戦前はいまと比較すれば解雇がはるかに多かったし、企業内労働組合にしても未成熟なレベルだった。
それら未完成だった三種の神器が戦後になって完全に確立した背景には、二つの大きな理由がその一つは、GHQ主導による労働三法の制定である。 敗戦後、混乱の極みにある日本社会の不安定化を恐れたGHQは、赤化防止の目的で解一届を原則的に禁止した労働三法を作成した。
この法律の条文そのものはともかくとして、現実的にはいかなることがあっても企業側の都合で一方的に従業員を解雇できないような運用をGHQから有無をいわせずに植えつけられたことが、終身雇用を確立させる最大の要因となったのである。 もう一つの理由は、一九五○年代に入って高度経済成長期がスタートした際に大量の基幹工を育成する必要が生じたことだ。
鉄鋼業にしても繊維業にしても、当時の工場労働者はいまよりも職能の高度な熟練が要求された。 そのため、経営者としては自社製品を作るのに必要な独特のスキルを工場労働者に身につけてもらわなければならない。

短期的に一雇用して使い捨てていたのでは、熟練工による効率的な生産体制を作れないわけだ。 したがって、じっくり労働者を育成し、そこで熟練したスキルをもって初期に投資した資金と時間を回収するというスタイルにならざるを得ない。
システムとして労働者を大量に抱え込み、時間をかけて育て上げる代わりに将来は会社に貢献してもらう。こうして経営者たちは積極的な意味で終身雇用というシステムに合理性を感じることができたのである。 大量の基幹工を育成するためには年功序列というシステムも非常に都合がよかった。
とくに当時の年功序列は「年功熟練」という本来の意味に基づく賃金体系であり、そういう意味で現在よりはるかに合理性を持っていたといえる。 職能を身につけて熟練するには一○年、二○年単位の時間が必要だったため、年功と熟練の度合いが賃金上昇カーブとほとんど矛盾しなかったのである。
江戸時代から脈々と受け継がれてきた〃家″の概念をコアとして持ちつつ、戦後にそのスタイこのことは企業内労働組合の形成をも後押しした。 各企業が自社独自の製造法や製品特性に固有なスキルを長期間にわたって育成することによって、ますます職能別ではなく企業別に労働組合を結成する必然性が強まったわけだ。
ここで遂に日本的雇用システムにおける三種の神器が完成をみた。 このシステムが六○年代以降、八○年代まで日本経済を急速に発展させる原動力となったのである。
ルを確立した日本的雇用システムは、日本経済の成長を促しただけでなく、日本社会そのものの成り立ち方に対して非常に大きな意味を持つようになった。 単に企業のマネジメントシステムとして機能するだけにとどまらず、世の中の仕組み自体が終身雇用・年功序列というシステムに適合するようなかたちで作り上げられたのである。
別な言い方をすれば、社会全体のシステムや価値観が企業の雇用システムをうまく機能させるようなかたちで構築されていったということだ。 日本的雇用システムは、まさに日本の社会システムの基軸として重要な存在になったのである。
企業の論理がそのまま社会の論理に当てはめられたわけだが、こうなった最大の理由は企業の論理によって生きる人々、要するにサラリーマンが世の中に占める割合がきわめて大きくなったことにある。 当たり前のことだが、どんな集団でも所属しているメンバーの多数が共有する価値観やスタイルが、その集団全体のあり方を決めることになる。
たとえばサッカーのチームでも、南米スタイルの戦略や技術を身につけた選手が多数を占めていれば欧米スタイルの戦い方にはならないだろう。 それと同じことである。

戦前はまだ世の中の全労働者の六割が農民、二割が商家や職人という自営業で、経営家族主義という企業の価値観を共有するサラリーマンは残りのわずか二割程度にすぎなかった。

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